経皮毒なんてうそなんでしょ? その1

目的
経皮毒とは、化学物質は悪なんだ教の教義のひとつで、たいていの場合は代替製品を売るため、現状の製品を非難する目的で使われます。経皮毒にまつわる本は馬鹿らしくて読んだことは無いんですが、ネットでいろんな都市伝説がでまわってるみたいなので、経皮毒とかその周辺にコメントしてみようと思いました。Q&A形式で。ちなみに私は医者でも薬剤師でもありません。


Q:
皮膚から吸収されるのは事実でしょ?

A:
吸収されますが、基本的には皮膚からは入りにくいです。
一般的には、分子量が小さくて適度に脂溶性のものは入りやすいと言われています(適度な親水性・疎水性バランスが必要です)。また、尿素など、角層たんぱく質の構造を変えるなどして物質透過性をよくするエンハンサーの存在が知られています。エステルや脂肪酸や多価アルコールなどたくさんあります。
有機溶剤などを大量に皮膚に被曝した場合、中毒を起こすことも知られています。(一般的には、有機溶剤中毒は吸入により起こるのですが、揮発性が低い有機溶剤の場合、皮膚からの吸収が中心となって中毒を起こす場合があります。有機溶剤は換気の良い所で皮膚につかないようにして使いましょう。)

経皮吸収型製剤*1の利点として、初回通過効果(吸収されてすぐに肝臓を通ることによって薬物が代謝されること)が無いとか、一時的な過度の薬物吸収による副作用を軽減できるとか、飲み忘れがないとかあげられています。そんなにいいんなら医薬品全て経皮吸収型製剤にすればいいのにと思いませんか? できない理由は、皮膚からは入りにくい物質が多いためです。経皮吸収型製剤が可能なのはごく一部の薬物だけで、ほとんどの物質は皮膚透過性は低いです。
物質によって大きく透過性は異なりますが、経皮吸収は狙って行わないと、たいていの場合、それほどは吸収されないものです。24時間閉塞パッチテストを行って、せいぜい数パーセント程度でしょうか。シャンプーなどすぐに洗い流すものの場合、ほとんど問題になることはありません。


Q:
口から摂ったものは90%が排出されるけど、経皮吸収によって取り込まれたものは10%しか排出されず、90%が蓄積されるって本当?

A:
うそです。
口から摂ったものは消化管で吸収され、肝臓を通って血中に入るのですが、このときに一部は代謝を受けます(初回通過効果)。経皮吸収によって取り込まれたものは肝臓をとおらず血中に入るためこの初回通過効果が無いのですが、「初回」が無いだけで、もちろん血液循環にのって肝臓を通るときに代謝を受けます。つまり、初回通過効果があるかないかの違いだけです。経皮吸収されたものも、結局は経口で吸収された他の物質と同じく肝臓での代謝を受けたり腎臓で排出されたりするので、経皮吸収で吸収された物質だけ蓄積されるなんてことはありません。
経皮吸収されるものは皮膚内酵素による代謝を受けたりもしますが、これはまた別の話(蓄積性とは直接関係ないですよね)。
皮膚にたまるんだろうって?そんなところにたまるんなら、経皮吸収型製剤作ってる人は苦労しません。動物試験のひとつに体内動態試験というのがあります。物質を皮膚等に適用した場合、どのくらい体内に入っていくのか、どのくらいで排出されるか、どこの器官に蓄積されるかを見る試験なんですが、こういった試験で蓄積性等の体内動態はチェックされています。


Q
羊水からシャンプーのニオイがするという話を聞いたのですが

A
都市伝説です。そもそもシャンプーに体に蓄積するほど蓄積性の高いものは入っておらず、体の中に入ったとしても急速に排泄されます。シャンプーの成分が羊水から検出されたという報告さえ無いと思います(水は別ですが)。どこかのMLMが広めてるんじゃないんですか?恐怖を煽って得をする人たちがいるんですよ。だいたい危険を煽ってるサイトというのは、同時に何かを売っていることが多いと思いませんか?
あと同様なのにヘアカラーが・・っていうのもあるみたいですね。


Q
ラウリル硫酸ナトリウム(もしくはラウレス硫酸ナトリウム)って発がん性なの?動物実験でラットにがんを発生させるために使われてるって聞いたのですが。

A
それは10年前のチェーンメールに由来する都市伝説です*2 *3 *4。どこかのMLMが広めたと言われています。発がん性であるという証拠はありません。ビーグル犬を用いて、一年間、餌に2%のラウリル硫酸ナトリウムを混ぜて食べさせましたががんの発生は見られませんでした*5。発がん性を予測するための試験である遺伝毒性試験でも、陰性の結果が出ています。*6発がん性とは考えられていないので、IARCやNTPなどのリストにも載っていません。こんなものでがんは作れませんよ。いまだに10年前のチェーンメールに引きずられて、ネットの情報だとラウリル硫酸ナトリウムは発がん性、とか言ってるのは恥ずかしいからやめましょう。


Q
プロピレングリコールって発がん性なんでしょ?それに染色体異常を起こすんでしょ?

A
いいえ。
ラットおよびイヌの2年間の長期混餌投与試験では腫瘍形成はみられせんでした。また、ラットおよびマウスへの反復皮膚塗布試験でも腫瘍形成はみられませんでした*7
染色体異常試験については、チャイニーズハムスター繊維芽細胞を用いた場合、420mMの高用量で陽性、ヒトの細胞を用いた場合、50mMまで陰性でした*8。ただ、この場合の陽性という結果の解釈については注意して扱う必要があります。医薬品の遺伝毒性試験に関するガイドライン*9には、次のように書かれています。

6.1.1 In vitro試験での陽性結果

In vitro試験での陽性結果の妥当性が疑われるような場合のあることが報告されている.したがって,すべてのin vitro試験での陽性結果について,以下の事項を考慮してその生物学的な妥当性を評価しなければならない.これらの項目はすべてを網羅したものではないが,判定を下すための一助となる.

i) 陰性あるいは溶媒対照の背景データと比較して有意に増加し,意義のある遺伝毒性的な影響と考えられるか?

ii) 用量依存性はあるか?

iii) 弱い/不確定な反応については,その反応に再現性があるか?

iv) その陽性結果は,in vitro特有の代謝経路/代謝物による結果ではないか?(注15)

v) その作用は in vivoの状況では起こり得ない極端な培養条件に起因していないか?(例:極端なpH,浸透圧,特に細胞懸濁液での析出物の沈殿)(注7)

vi) ほ乳類細胞を用いる試験系において,その作用は生存率が極めて低い場合にのみ見られるか?

vii) その陽性結果は不純物に起因していないか?(化学構造的に危険性が考えられない,遺伝毒性が弱い,あるいは非常に高用量でのみ遺伝毒性を示す場合には,このようなケースの可能性がある)

viii) その遺伝毒性の指標において得られた結果は,類縁化合物でも確認されているか?

ここでのポイントは、5番の浸透圧です。さらに別項目で、染色体異常試験では最高用量を5 mg/mL又は10 mM(いずれか低い方)とすることも述べられています。つまり、この陽性になった試験は、最高用量10mMの42倍である420mMという高用量で試験を行ったために、生体内では起こりえない非生理的条件である高い浸透圧になり、そのために偽陽性が出たものと解釈されるのが普通です。高浸透圧で偽陽性が出ることはよく知られています。ちなみに同じような高濃度でやれば石鹸信者が好きなグリセリンだって陽性になります。
その他の遺伝毒性試験(たとえば小核試験など)の結果からも、プロピレングリコールは遺伝毒性を有しないと解釈されます。この試験結果を見て、染色体異常を起こす可能性があるとか言っちゃう人はまだまだ素人です。


Q:
デトックスって有害物質を体外に排出するのにいいんでしょ?

A
効果は一般には認められていませんが、それでもよければどうぞ。
参考:デトックスを放り投げろ*10

*1:たとえばhttp://www.nitto.co.jp/product/datasheet/medical/001/

*2:日本語のものは、http://www.white-family.or.jp/healthy-island/htm/repoto/repo-to54.htm しかしラウリルとラウレスの区別がついてない様子

*3: http://www.snopes.com/inboxer/household/shampoo.asp

*4: http://www.cancer.org/docroot/MED/content/MED_6_1x_Shampoo.asp?sitearea=MED

*5:CIR publication. Final Report on the Safety Assessment of Sodium Lauryl Sulfate and Ammonium Lauryl Sulfate. Journal of the American College of Toxicology. 1983 Vol. 2 (No. 7) pages 127-181.

*6:MORTELMANS,K, HAWORTH,S, LAWLOR,T, SPECK,W, TAINER,B AND ZEIGER,E; SALMONELLA MUTAGENICITY TESTS: II. RESULTS FROM THE TESTING OF 270 CHEMICALS; ENVIRON. MUTAGEN. 8(SUPPL. 7):1-119, 1986

*7:http://www.chem.unep.ch/irptc/sids/OECDSIDS/57-55-6.pdf

*8:先と同様

*9:http://www.nihs.go.jp/mhlw/tuuchi/1999/991101-1604/991101-1604.html

*10:http://d.hatena.ne.jp/uneyama/20071228#p1