石けん信者とL-アルギニン石けん

石けん論争にはあまり興味は無く*1、石けんにもあまり詳しくありませんが前のエントリのこともあるので書いてみます。
石けん信者にもいろいろ派閥があって細かい差異があるようです。その一つが、L-アルギニン石けんはどうなのか、という見解の差です。通常の石けんは脂肪酸ナトリウム、もしくは脂肪酸カリウムを指すのですが、L-アルギニン石けんはナトリウム塩やカリウム塩ではなくて、塩基としてアミノ酸であるアルギニンを使用を使用しています*2。このL-アルギニン石けんについて、肯定派は「脂肪酸+塩基」なので石けんだという主張。否定派は、石けんだけどナトリウム塩やカリウム塩と違って、弱酸と弱塩基の塩だから加水分解をほとんどしないという特徴があり性質が異なるといいます。

石けん学のすすめから引用

塩のうち、塩化ナトリウム(食塩)の溶液は中性ですから、加水分解はしません。強酸である塩酸と弱塩基であるアンモニアの化合物は、塩化アンモニウムという塩ですが、加水分解して酸性を示します。反対に、石けんは弱酸である脂肪酸と強アルカリである苛性ソーダとの塩ですから、加水分解して、弱アルカリ性を呈します。また脂肪酸トリエタノールアミン石けんは、弱酸と弱アルカリとの塩ですから、水溶液はほほ中性で、加水分解はしないかあってもわずかです。

 「パーム核油脂肪酸L-アルギニン」ですが、これはパーム核油脂肪酸アミノ酸のL−アルギニンの、弱酸と弱アルカリの化合物です。L-アルギニンは、準必須アミノ酸の一つで、水溶液下で酸として解離し、またアルカリとしても解離する、両性電解質という性質をもち、解離平均である等電点のpHは 10.76です。全くの弱アルカリですので、その塩化合物となったものは、多くの合成洗剤と同じく水溶液下で中性のものです。つまり石けん特有の性質である「加水分解」をしない(あるいはわずかな)物質です。

何故、加水分解が重要なのかと言えば*3加水分解した脂肪酸が「過脂肪」となって皮膚を保護するからだそうです。L-アルギニン石けんは加水分解が起こらず、皮膚が保護されないということらしいです。

さて、以上の独特というべき、石けんの加水分解とその弱アルカリ性ですが、それぞれが、石けんのもつアドバンテージです。弱酸性洗浄剤を賞揚する側からは、欠点といわれることがありますが、そうではありません。まず、石けんが皮膚上でつかわれるときですが、解離するナトリウムイオンは、皮膚の酸性分泌物(皮脂の遊離脂肪酸)と結合して、皮脂由来の石けんをつくります。一方解離する脂肪酸イオンは、加水分解して脂肪酸を生成し、皮膚上に遊離していき「過脂肪」となって皮膚を保護します。また皮膚上の石けんの脂肪酸イオンは、水の硬度成分(カルシウム・マグネシウム)と結合して金属石けんもつくります。

 この「過脂肪」と「金属石けんの」干渉のために、石けんの洗浄力は相対的に低下し、本来の脱脂力が平衡的に妨げられます。洗浄力はその後ふたたび回復して、以上の動作がくりかえされますが、作為のないこの緩衝作用が、石けんの洗浄力を、過不足のないレベルに調節しています。自然、皮膚に生理的に必要な脂肪が、過度に取り去られるのを防いでいます。合成洗剤の洗浄力は脱脂力と比例し、脱脂力は皮膚への吸着残留と比例しますが、石けんの場合はそのどれとも比例せず、洗浄力は、皮脂との親和的な関係のなかで、つねに調整されていることになります。皮膚残留があるのも一部の金属石けんのみですが、これも皮脂の回復とともに数時間で分解されます。

これはここだけの見解では無いようで、以前のエントリでとりあげた日本市民の化学ネットワーク(JPCCN) 設立委員会/JPCCN全国代表事務局の中の人も同じような事を言ってます。タヌパック短信37より引用。

日本消費者連盟若手の会・井田裕之さん(農芸化学専攻の大学院生だそうです)というかたが精力的に合成洗剤の害について発言しておられ、「アミノ酸石鹸」とは何か、訊いてみました。
(中略)
井田さんは「確かに石鹸の定義を満たしてはいるが、弱塩基と弱酸の塩はほぼ中性になり、化学論上は、水で高度に希釈した状態(つまり中性)でも加水分解しにくく、界面活性を失いにくいということが考えられる。中性だから肌にマイルドという論法には疑問が残るし、アルギニンのような窒素含有率が高いアミノ酸を安易に使うのは、河川や湖沼の富栄養化の原因にもつながるのではないか」というような疑義を表明していました。


以上が否定派の主張ですが、これは科学的もしくは化学的に正しいのでしょうか。特に、弱酸と弱塩基の塩はほぼ中性になり、加水分解しにくいというのは本当でしょうか。これは高校で習うレベルの化学です。
埼玉大学教育学部化学研究室のコンテンツ、質問箱の回答から引用します。

弱酸と弱塩基からできたものは弱酸弱塩基の塩(例:酢酸アンモニウム)と言います.水に溶かすと弱酸と弱塩基が両方とも加水分解しますが,生じた水素イオンと水酸化物イオンが中和するので,ほぼ中性のままです.

結論から言えば、否定派の主張とは異なり、弱酸と弱塩基の塩はほぼ中性ですが加水分解します。石けんは加水分解をするが、弱酸と弱塩基の塩であるL-アルギニン石けんは加水分解をほとんどしないという主張は間違っています。石けんが過脂肪として働くなら、L-アルギニン石けんから加水分解により生じる脂肪酸も過脂肪として働きます*4。L-アルギニン石けんも石けんと言って問題ないと考えます。まあ個人的にはどっちでもいいんだけどさ。
石けん好きな人の中には、高校レベルの化学さえも理解していないのに、勘違いした理解に基づいて石けんの優位性を語る人たちがいます。しかも精力的に発言してるだなんて。


追記:おまけ。
弱酸と弱塩基の塩の加水分解は以下などが参考になるかも。ちゃんと加水分解が起こると書いてあります。意外と間違って覚えてる人多そうなので・・。

*1:だって石けん信者は非科学的でどこかのMLMと同じような伝言ゲームで独自用語でソースは無かったりすることがあるので深入りしたくないのです

*2:アミノ酸石けんと呼ばれることもあります。

*3:もちろん石けん信者にとって

*4:http://www.ways.co.jp/goods/skincare/matsuyama/hair.htm も参考になるかも 「アミノ酸石けん(脂肪酸L-アルギニン)も、一般的なカリウム石けん、ナトリウム石けんと同じように加水分解をして分離した脂肪酸が皮膚をガードする性質を持っているので、表記に問題はない」