マラリアコントロールのための、殺虫剤処理した蚊帳の配布に反対する団体の主張について
洞爺湖サミットで、アフリカでのマラリアコントロールのために、殺虫剤処理した蚊帳を一億帳配布することが決まりました。そのこと自体は素晴らしいことだと思います。
でも反対する団体がいます。
http://www.npo-supa.com/active/noyaku.html
この農薬蚊帳の配布反対には大きく二つの下記理由がある。
=(1)=
この蚊帳に練り込まれている農薬「ペルメトリン」には、発がん性の恐れがあるむねアメリカの科学アカデミーが指摘している。蚊帳利用者の健康を阻害する可能性が極めて高いことを裏付けている。
農薬の危険性の論議の前に指摘したいのは「蚊帳に農薬が必要かどうか」である。蚊帳には元来蚊を内部に侵入させない機能が備わっているため、糸に農薬を練りこむ必要がないことは、サパのギニアでの活動が立証している。
=(2)=
サパは、ギニア産蚊帳を農民中心に配布しているが、1張り当たりのコストは約200円前後である。農薬蚊帳1張りに対し3倍以上の数量配布ができることになる。マラリアの予防に蚊帳は有効であるが、利用者の健康を阻害し、コストの嵩む農薬蚊帳は不要で且つ、税金の無駄使いと言わざるを得ない。
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/tsuushin/tsuushin_08/pico_118.html#118-3
私自身が関わりのある分野で、日本政府が「見当違い」のアフリカ援助策を打ち出している事例の一つは、「マラリアからアフリカの子どもたちを救おう!」という極めて「人道的な」ユニセフのキャンペーンのもとで、住友化学が提案した殺虫剤ペルメトリン入りの蚊帳を普及させようとしていることである。
2003−2004年にタンザニアのアルーシャでこの蚊帳の生産が始まり、さらに日本政府が国際協力銀行を通じて5億円近い融資を行なって第二工場が建設され、量産が始まった。こうして量産された農薬入りの蚊帳は、JICAやユニセフを通してウガンダ、エチオピア、スーダンなどアフリカ24カ国で普及が図られていった。日本政府は、JICAやユニセフがひと張りあたり5〜8ドル*でこの蚊帳を買い取るにあたって、2003年から2006年の間にJICA には430万ドル(約4億8千万円)、ユニセフには2835万ドル(約31億円)を無償資金協力・技術協力という形で拠出したのであった。実際、国によっては、この蚊帳はひと張り7ドルで売られているが、野澤氏の話では、農村の貧しい農民が簡単に買える値段ではないという。SUPAが普及を図っている普通の蚊帳なら、2ドルでできるので、より貧しい人々が入手できるし、日本政府がODAを使って普通の蚊帳の普及を図れば、三倍以上の人々が、安全な蚊帳によってマラリアから身を守られることになるのである。
2006年には、こともあろうに朝日新聞社が、「ユニセフと協力して、多くのアフリカの子どもたちをマラリヤから救った」功績を認めて、「企業の社会貢献」として農薬入り蚊帳の開発をした住友化学を表彰するに至り、「普通の蚊帳」の普及を主張する我々の代案は完全に黙殺される状況となった。
http://www.kokumin-kaigi.org/kokumin03_51_03.html
日本政府は、合成ピレスロイドのペルメトリンを練りこんだポリエチレン繊維で蚊帳を作った住友化学の提案に乗って、ユニセフの「マラリヤ撲滅作戦」の一環として、アフリカでこの蚊帳の普及に乗り出しているが、ペルメトリンは、乳幼児の脳の発達を阻害する可能性があると、富山医科薬科大の津田らによって報告された論文7)を引用して、黒田洋一郎氏は警告している。蚊帳に付けられている「触れたら、手を洗うように!」という注意書きはアフリカの現実の中で意味をなさない。農薬入りでない普通の蚊帳の普及にこそ、日本の国際協力の予算が用いられるべきであり、農薬汚染の輸入食品による中毒の再発を防ぐためには、日本の食糧自給率を上げると共に、中国を含めたアジア・アフリカなどの諸国に、農薬に依存しない有機農業の普及という面で、日本の国際協力が行われるべきであろう8)。
JANJANにも何か載ってました。「蚊帳に農薬はいらない」http://www.news.janjan.jp/world/0610/0610180985/1.php
どうやら、田坂興亜という人は化学の専門家らしいですが、毒性学にはついては素人のようです*1。
彼らの主張について検証してみます。
普通の蚊帳ならたくさん配布できるということですが、普通の蚊帳ではほとんど効果がありません。殺虫剤処理した蚊帳を用いるからこそ効果があるんです。*2 効果のないものをいくら配布できてもしょうがありません。
発がん性については、IARCはGroup3に分類しています。発がん性の証拠が不十分、あるいはほとんど無いものがGroup3に分類されます。また、遺伝毒性が認められないので発がん性があるとしても閾値が存在します。
http://www.news.janjan.jp/world/0610/0610180985/1.php
更に、アメリカの科学アカデミーは、「ペルメトリン」に発ガン性の恐れありと指摘している。このデータは、国連WHO内の「国際ガン研究機構」(IARC)で発表されており、ガン発症リスクの大きさでは、「4.21×10−4」となっている。つまり10万人に42人の発症リスクがあるとしている。
アメリカの科学アカデミーか何か知りませんが、「4.21×10−4」はNational Research Councilのデータです。これはTDI(耐容一日摂取量)の限界まで一生涯摂取つづけた際の発がんリスクであるので、曝露シナリオが違いすぎて比較になりません。他の評価、たとえばペルメトリン処理したカーペットを使用した場合などでは2.9E-06です。
あとは、「乳幼児の脳の発達を阻害する可能性」ということですが。これは動物細胞での試験をもとにしています。この試験結果が懸念にならない理由をあげてみます。
- ヒトと動物は違う。
- 動物個体と細胞は違う。個体にはADME(吸収・分布・代謝・排泄)の機能があるが細胞には無い。
- ペルメトリンは動物実験で急速に代謝され排泄されることが知られている。
- 細胞の試験といっても遺伝子発現を見ただけ。
- 細胞での試験は、評価の定まっている試験でさえもヒトには適用できなことも多い。評価系が妥当かどうかすらわからない試験系でリスクを論じることなどできない。
- 試験結果をそのまま適用してもTDIの百倍以上を摂取しないと体内で影響が出る濃度にはならず、リスクになりそうにない。
- 動物試験において、遅発性神経毒性や、幼若ラットに曝露させた場合の行動評価などにおいても懸念となる毒性は見られない。
彼らの主張はどれも怪しくて、ほとんどいいがかりに近いように思えるんです。
・・こういう団体は化学物質嫌いで大企業が嫌いなだけなんじゃないのかな。
気が向いたら書き足します。
*1:http://www.kokumin-kaigi.org/kokumin03_51_03.html より抜粋「LD50は、実験動物のラットに餌に混ぜて与えたとき、48時間以内に半数が死ぬ量。」正解は、LD50は絶食状態のげっ歯類に強制経口投与を行ったときに48時間以内に半数が死ぬ量です。餌に混ぜて行う急性毒性試験なんて聞いたことありません。
*2:http://rbm.who.int/partnership/wg/wg_itn/docs/Cochrane_reviewITNs2004.pdf