ACSHは動物実験を否定しているのか?

米国保健科学会議(ACSH)、人間のガンの指標としての動物実験を疑問視という記事を見つけました。動物実験廃止・全国ネットワークという動物実験反対団体が翻訳してのせています。原文はACSHの"ACSH challenges animal tests as cancer indicator in humans (from Chemical News & Intelligence)"

翻訳はちゃんとチェックしていませんが正確だと思います。ACSHは動物実験を否定しているのかといえば、結論から言えば否定していません。

ACSHのアソシエイト・ディレクター、ジェフ・シュティーアは、様々な物質に発ガン性があるという認定を実験室での動物実験を唯一の根拠として行うことは、ACSHが反対の立場を取っているもののひとつだという。 

 ACSHは、実験用ラットをある物質に長期的かつ大量に露出させ、その後ラットがガンになると、その物質が発ガン性だと決める考え方に疑問を持っている、とシュティーアはいう。

 ACSHは、動物実験が公衆衛生安全問題における有効な役割を果たしていると信じているが、ある物質が発ガン性かどうかを決定付ける唯一の要素であってはならない。動物実験に反対するものではないが、一般市民にもっと疑問を持って欲しいと考えている。

動物実験に反対しているようにも見えますが、ACSHが言ってるのは、大量に化学物質を投与した動物実験の結果で発がん性があったからと言って、すぐに、少量にしか曝露されない人間に適用できるわけではないということを言ってるのにすぎません。発がん性に関しては、アメリカでは「予防原則」の考え方で動物実験で発がんが見られたものは全て禁止するということが行われました*1。ACSHはこれに反対し、発がん性のある・なしによる規制ではなく、発がん性の強弱により規制を行うことが合理的であるとか、一種の動物でのみ発がん性が見られたからといって発がん性と考えるのではなく、一種の動物で発がん性が見られたならば複数の動物で、複数の用量で発がん性が確認されるべきである、と言っているのです。つまり複数種での動物実験を推奨しています。
http://www.acsh.org/docLib/20050126_WOCSummary.pdfから引用すれば

Animal tests are an important and necessary part of the safety evaluation of a substance. However, a positive result in one or two high-dose animal tests does not necessarily indicate a risk to human health.

訳:動物実験は物質の安全性評価の重要かつ必要な部分です。 しかしながら、1つか2つの高用量の動物実験における陽性の結果は、必ずしも人間の健康へのリスクを示すというわけではありません。


ACSHははっきりと動物実験は重要で必要であると述べており、一つか二つの動物実験の陽性(害があると判断された)の結果はすぐに人間に適用できるものではなく、複数の試験で確認されることが必要と述べています。ACSHの主張の要約は、みんな発がん物質のことを気にしすぎで、化学物質は有用なのに、動物の一種で発がん性があるからと言って規制された化学物質がたくさんあってこれは大きな損失である。がんと戦うには微量の化学物質を除くことに全力を注ぐのではなく、タバコ、食事などのほうが重要な問題だ、ってことを言っています。
しごくまっとうな主張だと思います。


ACSHが2008年1月にだした文書、Scientists Weigh in on Faulty Celebrity Health Claimsではっきりと、「ポール・マッカートニー動物実験に対する見当違いのコメント」と述べており、がんや他の疾病の理解に動物実験が必要なことを述べています(マッカートニーは動物実験に反対しています)。http://www.acsh.org/docLib/20080114_Celeb_Sci.pdfから引用します。

With the discovery in the last two decades that all mammals share over 95% of the same genes, animal research has become more important than ever before in helping scientists understand the hereditary influences on numerous human diseases, including cystic fibrosis, heart disease, various forms of cancer, neurological diseases, and others. Humanely-performed research on mice and other animals has been essential for most biomedical advances of the last several decades, saving the lives of many millions of people.
―Dr. Silver

訳:ここ20年の、すべての哺乳類が同じ遺伝子の95%以上を共有しているという発見によると、動物に関する研究は科学者が人間の病気の遺伝的な影響を理解するのを助けるのにより重要になりました。それは嚢胞性繊維症、心臓病、様々な形の癌、神経学的な病気、および他のものを含んでいます。 ここ数10年間の生物医学のほとんどの進歩にラットと他の動物の人道的に行われた研究は不可欠であり、何百万人の命を救いました。


ACSHは動物実験を否定しておらず、積極的に肯定しています。動物実験に反対する団体がACSHの主張を載せるというのは、主張を誤解しているか、ミスリードを狙ったものではないでしょうか。

*1:ラニー条項など