化学物質過敏症と遺伝子多型 たぶんその1

化学物質過敏症(multiple chemical sensitivity)をめぐる言説に関してはいろいろと思うことがあります。コップとかバケツに化学物質がたまるみたいな話がよくなされますが、別に生理学的・毒性学的根拠があるわけでもない。でもみんな信じてる。これってとても奇妙な事です。化学物質過敏症を治すために、化学物質の排出をしなければならず、そのためには脂肪を落すことがいいと言われますが、これも根拠が無く*1、たとえば体脂肪率罹患率のデータも見たことありません。ここまで来ると単なるビリーバーにしか見えません。とりあえず、それはそれとして。


化学物質過敏症は気のせいではない説、を主張される方はこんなことを主張されます。化学物質過敏症の発症には遺伝要因が深く関わっていることが証明されてるから気のせいではない、と。本当でしょうか。私も、遺伝要因はかなりありそうなこと、だと考えています。前にもそんなことを書きました。私がトルエン苦手なのはきっと生まれつき何かの酵素の活性がおかしいからです。単なる主観ですけど。酵素の活性と化学物質過敏症を関連づけた研究はいくつかあるようです。今日は一つだけ取り上げます。群馬県衛生環境研究所が、有機リン系農薬等による化学物質過敏症の病態解明に関する研究、という報告書を出しています。有機リン化合物による化学物質過敏症と診断された患者76名、その家族22名、一般健常人(コントロール)4名の血液を採取し、有機リン系農薬の解毒酵素であるフェニトロチオンオクソナーゼの活性を測定したところ、コントロールに比べて患者はフェニトロチオンオクソナーゼの活性が低かった、という報告です。


でも、私には、この報告、いろいろおかしいように見えるんですよ。もしかしたら字数制限があったり、急いで書いてそうだったり*2するせいもあるかなとは思うんですが。それだけではなくて、なんといっても実験デザインがおかしい。コントロールがなんで4人なんですかー。統計的有意差の検出力を高めるためには、本当なら患者数と同じくらいほしいところです。統計にはあまり詳しくありませんが、二群間のサンプルサイズが大きく異なる場合には、マンホイットニー検定は第一種の過誤(有意差が無いのにあるとしてしまう過誤)が大きくなることがあるので*3、この統計処理を前提とした実験デザインは適当で無いかもしれません。それに統計処理以前の話として、4人をきちんとサンプリングしないと人数も少ないだけに簡単にバイアスがかかってしまいそうなんですが、どうやって被験者をリクルートしたかが不明なためバイアスの大きさについても不明です。


検討項目も少し変です。この研究の目的は、下の通りです。

今回、有機リン系農薬によるMCS とPON1 の多型との関連を検討するため、(以下略)

PON1多型と化学物質過敏症の関係を見るなら、図5のようなフェニトロチオンオクソナーゼ活性の患者-対象比較ではなく、PON1多型の患者-対象比較を行うべきです。図5だけでは、遺伝的素因によってフェニトロチオンオクソナーゼ活性が低いのか、それとも有機リン系農薬の曝露やその他の後天的影響によってフェニトロチオンオクソナーゼ活性が低いのかが不明なため、化学物質過敏症の発症に何が関わっているのかはわからないままです。検討項目が目的に沿っていません。


コントロールのほかに家族を何故置いているのかもいまいち不明です。同じ曝露環境にあっても、発症の程度に大きな個体差が存在する特徴があり、環境要因のほか遺伝要因が関与していると考えられるため、環境要因が同じような集団である家族からサンプルを集めて遺伝要因のみを比較したかったんだろうと思うのですが、これには有意な差はありませんでした。そもそもそんな比較であればコントロール4人はいらないはずです。もしかしたら、家族22人では有意な差がつかなかったため、後でコントロールを増やしてみたのかもしれません。後だしは、あまりよくないのですが。


有機リン系農薬による化学物質過敏症と遺伝的要素(PON1の遺伝子多型)の関係ですが、結論としては、遺伝的要素が関与してるかどうかはわからないということになります。フェニトロチオンオクソナーゼ活性の低下とは関係があるかもしれませんが、何故低下してるのかはわかりません。これはどこか査読付きの学術雑誌に投稿される(された)んでしょうか?ぜひ論文のほうも読みたいところです。

*1:そもそも化学物質が蓄積してるかどうかすら謎なのに。

*2:たとえばフェニトロチオンオキソナーゼ、フェニトロチオンオクソナーゼ、Fenitrothion oxonaseの表記ゆれなど

*3:http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/lecture/BF/index.htmlhttp://www7b.biglobe.ne.jp/~koizumi/koizumi_proportion.html