化学物質過敏症と遺伝子多型 その2

その2です。今日取り上げるのも化学物質過敏症と、いくつかの酵素の遺伝子型を扱った論文です。タイトルは、Case-control study of genotypes in multiple chemical sensitivity: CYP2D6, NAT1, NAT2, PON1, PON2 and MTHFR*1で、これも「化学物質過敏症は遺伝子的な要因があるから心因性などではない」と主張される方がときどき引用される文献だと思います。

とても簡単な要旨:203人の化学物質過敏症(MCS)患者と162人のコントロールについて、CYP2D6,NAT1,NAT2,PON1,PON2の遺伝子型を調べた。CYP2D6とNAT2で有意差があった。MCS患者ではCYP2D6が活性型である率が高く、また、NAT2がrapid acetylatorsである率が高かった。
解説は他にもあるので、英語読むの苦手な方はhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/sick_school/cs_kaigai/che_mcs_case_control_2004.htmlなどをどうぞ。


面白い研究だと思います。追試が行われ、他の地域や他の人種で、多少異なった研究デザインでも同じような結果が出れば、研究結果の一般性・信頼性は高まります。しかし、他の研究では、これとは全く逆の結果*2になりました。このように結果が食い違う(しかも正反対に)ということは、この種の研究は何らかの(未知のバイアスも含む)バイアスが容易に入り込むことを示唆しています。化学物質過敏症と診断された患者の集団が、健常人の集団と異なる遺伝的素因を持っていることは十分に考えられることです。しかしそれは、ただ単に、化学物質過敏症と診断された患者の中にアレルギーや慢性中毒その他の既存の疾患で説明できる患者が入っているだけかもしれません。最初にあげた文献では、たとえば、患者の中に精神医学による治療をドロップアウトしたCYP2D6活性型の集団が入っていたかもしれません。CYP2D6は抗うつ薬抗精神病薬代謝する酵素であり活性型だと薬物による治療が効きにくく、ドロップアウトしやすいのかもしれません。このようなバイアスが考慮された研究が行われ、再現性のある結果が得られない限り、MCSの身体的起源が強く証明されたとはとても言えません。


そもそも身体的起源だとか心因性だとか、はっきりとはわけられるものばかりなんでしょうか。たとえば、乳酸を静注したりカフェインをとったりするとパニック発作が起こるからパニック発作は身体的起源、って言ってみても、ねえ? パニック発作と化学物質の摂取との間には明白な関係が見られるのに、パニック障害心因性と言っても特には文句言われない(もちろん心因性の部分もあるし、身体的なものが原因になってる部分もある)。でも化学物質過敏症は化学物質の摂取との関係すら証明されていないのに、心因性の可能性も考慮しないといけないんじゃないか?と疑いを持っただけでも反発する人がいる。どうしてでしょう。

*1:訳:化学物質過敏症における遺伝子多型のケースコントロール研究:CYP2D6, NAT1, NAT2, PON1, PON2, MTHFR

*2:自己申告による化学物質過敏性の人は、NAT2がslow acetylatorsである率が有意に高かった。