石けんの溶解度において、見かけの溶解度と実際の溶解度は違うという話

http://www.live-science.com/bekkan/data/youkai.html などには、各種脂肪酸石けんの溶解度として表が載っていたりします。
また、カリウム石けんはナトリウム石けんより溶解度が高い、なんてことも言われたりします。
wikipediaの石鹸の項目より引用します。

ナトリウム石鹸に比べ、カリウム石鹸は溶解性が高く液体石鹸を作ることができる。しかし日本の風呂場では溶けてしまうので浴用せっけんとしてはナトリウム石鹸が適する。

でも、これらはあくまで「見かけの」溶解性であって、実際の溶解度ではありません。たとえば、Physprop*1によれば、ステアリン酸ナトリウムの溶解度3.32mg/Lに対し、ステアリン酸カリウムの溶解度は2.67mg/Lと、カリウム塩のほうが溶解度が低くなっています。

溶解とはなんでしょうか。溶解とは、理化学辞典によれば、「気体、液体、または固体物質がほかの気体、液体または固体物質と混合して、均一な相の混合物すなわち溶体を生ずる現象をいう」としています。

白濁した石けん水はたしかに見かけ上均一に見えるのですが、実際は石けんの分子が会合してミセルを形成しており、ミクロでは決して均一な相ではありません。このような系はコロイドと呼ばれます。よくあげられるコロイドの例としては、水中に油滴が分散している牛乳などがあります。高校化学の範囲です。


ですが、そんなことすっかり忘れてる(か知らない)人も結構います。
日本市民の化学ネットワーク設立委員会*2では、ステアリン酸ナトリウムのGHS分類について、次のように書いています*3

水生生物に毒性(シンボルなし)
GHSによる分類根拠および問題点:甲殻類(オオミジンコ)の48時間EC50=19mg/L(環境省生態影響試験、2000)から、本物質の水溶解度(3.322mg/L(PHYSPROP Database、2005))において当該毒性が発現した可能性が否定できないため、区分2とした。


問題である理由:水溶解度の値に問題が疑われます。この水溶解度の値では、事実上ほぼ不溶と認められるレベルであり、実際の「水に可溶(ステアリン酸ナトリウムなど)ないしは易溶(オレイン酸ナトリウムなど)」とは矛盾しています。とくにオレイン酸カリウムオレイン酸ナトリウム(上記GHS分類に内包)の場合は、水に対して最大で約20〜30重量パーセントの割合(約200,000〜300,000mg/L;上記の約10万倍近い溶解度)で溶解し、比較的水に溶解しにくい乾燥状態のステアリン酸ナトリウムでも、一度熱湯で溶解すると、g/L水準の濃度であっても、室温で安定な溶液として存在することができます。(以下略)

水溶解度の値に問題はありません。石けんはミセルを形成することをご存知無いか、ミセル内部は別の相であることを知らないんですね。化学の専門家を自称していて、しかも石けん運動などにも関わってきたらしいのに、この記述はかなり恥ずかしいです*4

*1:化学物質の物性データベース

*2:http://www.jpccn.org/

*3:http://www.jpccn.org/article_20070722_1.html

*4:今回指摘するのはこれだけですが、他にも怪しい記述があります。たぶん生態毒性試験についても知らないと思います。