ヒトは大きいラットではない(アフラトキシンB1の場合)

前エントリーではげっ歯類ベースのHERPについて書いたんですが、そんなことはすっかり忘れて今回はラットとヒトとは違うという話です。
ラットからヒトへの種間外挿する場合ですが、単純に体重あたりの摂取量(g/kg体重)で比較すればいいものでもありません。ラットは一日に体重の約5%の飼料を食べるのですが、体重60キロのヒトにあてはめれば、一日3kgになり、食べすぎです*1。発がんリスクを評価する場合の種間外挿には、3/4乗則(代謝率は体重の3/4乗に比例する)を用いることが一般的で、ラットからヒトへの外挿には係数4*2が用いられることが多いです。だからヒトへ外挿する場合の摂取量は4で割っておかないといけません。
また、動物実験では高用量での結果であるので、実際のヒトの摂取量に近い低用量に外挿しないといけないのですが、これにはさまざまな方法が用いられています。たとえば、10%あるいは1%の変化を誘発する用量の95%信頼限界の下方を取り、その点から用量0の場合まで直線性を仮定するなどです*3


http://www.fao.org/DOCREP/X2100T/X2100T04.HTM の中ほどに、アフラトキシンB1のヒトでの疫学調査の結果と、各種動物実験での発がん性のヒトへの外挿および低用量への外挿を行い、1ng/kg体重/day摂取したときの一年あたりの10万人あたりの発がん数になおした場合の結果がでています。

左側に、B型肝炎ウイルス表面抗原が陽性の場合と陰性の場合の発がん性が示してあります。たとえば、B型肝炎ウイルスに感染していない場合(HBsAg-)には、一日に1ng/kg体重のアフラトキシンB1を摂取したときの発がんリスクは、一年あたり10万人中で0.01人です。感染している場合(HBsAg+)には0.3人と、比較的大きくなっています。
右側では、動物実験でのデータを人間に外挿した値などが並んでいます。たとえばFischerラットのデータを外挿すると10万人中1人(下部)ですが、ハムスターのデータを使うと約0.014人(右側最上部)になります。ひとくちに動物実験のデータといっても、種によって大きな差がある(70倍以上)ことがわかると思います。
また、B型肝炎に感染していないヒトは、ラットなどと比べて発がんリスクが非常に小さいことや、ラットよりもハムスターやツバイ(Tree Shrew)に近く、他の動物種と比較して飛びぬけて低いわけでもない、常識的な値であることもわかると思います*4
また、肝がんの原因はほとんどが肝炎ウイルスとアルコールによるもので、ヒトでのB型肝炎に感染していない場合の0.01人というのがそれに比べて小さく、アフラトキシンの影響が検出しにくいため、過去には「たぶんヒトではアフラトキシン発がん性物質ではない」 *5と主張した人がいたくらいです。


とはいっても、ヒトとラットで100倍も値が違うと、不安に思う疑い深い方もいるかもしれません。しかし疫学調査以外でも、ヒトでは感受性が低いと考えられる補足的な試験結果があります。
Ames試験というサルモネラ菌を用いる変異原性試験法があって、発がん性の簡易スクリーニングとして汎用されているのですが、この試験法ではサルモネラ菌が持っていない酵素を補うためにラットの肝臓をを用います*6
ここでラットの肝臓のかわりにヒトの肝臓を用いた場合の結果が、「化学物質の安全性評価におけるヒト由来試料の有用性」*7として報告されています。このTable2によると、ラットの肝臓から調整した場合では、変異原性は24000及び77000なのですが、ヒトの肝臓の場合では350〜2700と大きく減少しています。他にも同様の報告*8があります。アフラトキシン代謝には少なくとも4つ以上の酵素がかかわっていると考えられているのですが、in vitroでの結果からは、ヒトの肝臓はラットの肝臓よりも、アフラトキシンB1を効率的に無毒化しそうです。


まとめ

  • 発がんリスクの推定には種間外挿と低用量への外挿が必要
  • 動物試験でも、アフラトキシンの発がん性は種によって大きく異なる
  • ヒトはラットよりも低感受性で、ハムスターに近い
  • 健常者では10万人に0.01人、B型肝炎感染者では10万人に0.3人という疫学調査の結果は動物試験と比べてかけはなれているわけではない
  • 疫学調査以外にも、ラットよりもヒトが感受性が低いと考えられるin vitroの結果がある

*1:ラット飼料にはほとんど水分が含まれていないので、ヒトにあてはめた場合は乾燥重量で3キロです。米で換算すると約20合、10000Kcalを越えます。

*2:ヒトの体重60kg、ラット0.25kgとして、60/0.25の0.25乗で約4

*3:一般に、DNA反応性物質の遺伝子突然変異による発がんは線形になることが知られています。作用機序を考慮して選択されます。

*4:もちろん動物実験の結果と疫学調査の結果が数万倍食い違っているわけではない

*5:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/2690197

*6:酵素によって代謝され変異原性を示す物質を検出するため。アフラトキシンB1も、代謝されエポキシドになって変異原性・発がん性を示すようになります。

*7:http://www.jstage.jst.go.jp/article/jems/25/2/25_135/_article/-char/ja

*8:http://www.fihes.pref.fukuoka.jp/nenpoh/np28/np2810.pdf 表3