坂本真綾と長野まゆみ  「少年アリス」(その2)

 長野まゆみサイドが文面読む限りではタイトル使用に不服らしいということ。まぁこのサイトのように一緒に語られるのも嫌なんでしょうね。話は聞いていたのですがうらをとってなかった(情報遅いので・・汗)ので今まで書かなかったのですが。
参照URIは次。http://www.mimineko.co.jp/topics/topi_1029.html

少年アリス」や「三日月少年」ということばは、一般名詞だったのですね。わたしとしてはオリジナル造語のつもりだったのですが、当方とはまったく関係のない個人や団体によって使われているところをみますと、いつのまにか《一般名詞》になったようです。

 通常、タイトルには著作性がなくて著作権が認められていないのは常識ですよ。著作家である長野まゆみさんにはもちろんよくわかっていらっしゃるでしょう・・。著作権とは、思想又は感情の創作的表現に与えられるものであって、題号は通常この要件を満たさない・・多分短すぎるからではないでしょうか。(中略)ほかのすべてのイメージを排除する自信がありますとは言ってみても、それ(タイトル)自体に創作性はないでしょう。。一般名詞がどうというのは不正競争防止法を念頭に置いていらっしゃるのでしょうか。やはり 少年アリス という名称が特に著名で識別性を有するとも思えないし混同する恐れがあるとも思えない・・周知表示混同惹起行為にはあたらないような気がするのですけどどうなんでしょうか。

発売元のV社の方が河出書房新社の人に語ったところによれば、「そういう本があるとはまったく知らなかった」ということです。一応十五年前からあるんですけどね。しかもV社のスタジオって、河出書房新社と道路一本へだてているだけ。

 V社とやらが知らなければそれは確かに調査不足と思うのだが、もし知っていても特に問題は無いように思うし。あとV社とは道をはさんでどうとか書いてるけど、物理的距離が何か関係あるのですか?激しく疑問・・。個人的な感想としてはただ単に何かいいがかりをつけたいだけなようにも思えます。この、道路一本というくだり。普通の会社なら上のフロアとか下のフロアに入ってる会社が、何を出してようと気にしないのでは。

異文化コミュニケーションというのは、むづかしいものです。また、こんな場合は黙殺することが、おとなとしての賢いふるまいでしょう
(中略)
 今回の件では、わたしよりも早く、V社なり河出書房新社なりへ《一般名詞化》についての説明を求める声をあげてくださった方が少なからず。

 ・・不満あるのはわかるけど異文化コミュニケーションはむづかしいと言っておきながら黙殺するのが賢いふるまいだというのは奇妙なことのように思います。むづかしいじゃなくて通常はむずかしい と表記するものだと思いますが、私にはこの辺の言葉の扱い方も難しいです。何か特別な意図があるのでしょうか。ごめんなさい不勉強なもので・・。
 一般名詞化って、不正競争防止法を念頭に置いての話なら、これは意味が通じないですよね。不正競争防止法における一般名詞化というのは商標等が非常に著名であって、他人や他社の製品に対してもそれが使われるような状況があって、それを放置していた場合に一般名詞化したというのであって、全然コンテキストが異なります・・。やっぱり使ってる用語が違うというか。こういうことを、言葉が部族化してると言うんでしょうか。
 これが異文化コミュニケーションなんでしょうか。